秩父34観音霊場とは

32番札所である法性寺が所蔵する1488年の長享の番付には現在の2番札所である真福寺は記載がなく、33か所であったといいます。

 

その後、50年近くを経た30番札所の法雲寺にある1536年(天文5年)の納札には「西国坂東秩父百箇所巡礼」と記されているといいますので、その天文年間初期に現在の姿である34ヶ所になったのではないかと考えられています。

 

これによって「日本百観音霊場」が成立し、区切りの良い数字となったようです。

秩父34ヶ所の記録

秩父札所が「33ヶ所から34ヶ所なった」ことを初めて知ることができる記録は、秩父市内ばかりではなく長野県南佐久郡臼田町の岩屋城跡に残る大永五年(1525年)銘に残されており、日本百番観音供養碑と記されていたといいます。しかし、残念ながら今日では、この碑文の年号の部分が摩耗して判読が出来ないほど痛んでいるようです。

秩父札所の総開帳

お寺の本尊は厨子に安置されていて、いつもは閉ざされています。しかし、日を限定して見せて頂けることもあります。わたしたちに一般公開していただけることをご開帳といいますが、秩父札所では12年に一度の午年に総開帳が行われていますので、都合を合わせて出かけたいものです。

2014年(平成26年)甲午 2026年丙午 2038年戊午
2050年庚午 2062年壬午 2074年甲午

但し、2014年も1年中ではなく、12月下旬には対象期間が終了していました。散華なども切れたら終わりのようです。こうしたところが四国遍路とは異なりますので、日程については確認が必要です。また、札所ごとで特別な日には開帳されることもあるといいます。

秩父三十四観音巡礼記事一覧

周辺は何の変哲もない地域ですが、緩やかな坂を上ると四萬部寺となります。銅瓦葺きで朱塗りの観音堂が、わたしたちを迎えてくれます。私が初めて訪れたのは2014年12月下旬でしたが、年末が差し迫っていたせいかお参りする人も殆どいませんでした。御詠歌ありがたや 一巻きならぬ法のはな 数は四萬部の寺のいにしへご本尊と宗派聖観世音菩薩・曹洞宗連絡先住所:埼玉県秩父市栃谷418電話:0494-22-4525広重...

大棚観音真福寺は、現在住職が住んでいない寺となっています。本尊は、室町時代の作とされ、鬼丸の洞窟に祀られてきた霊験あらたかな観音様だといいます。長享年間(1487〜1489年)に受けた水害の為に、当時の秩父33ヶ所からはずされたといいます。しかしその後、信者からの強い復活要望が実を結び、間もなく秩父34ヶ所の札所になったことで、西国・坂東33ヶ所と合わせて「百観音」が成立したことになります。当時は...

常泉寺の寺宝の一つに「子持石」があり、本堂に安置されています。石の形が妊娠した女性を思わせるもので、子どもを授かりたい人はこの石を抱いて願をかけると子宝に恵まれると言い伝えられています。御詠歌補陀落は 岩本寺と拝むべし 峯の松風ひびく滝津瀬ふだらく                    たきつせご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父市山田1392電話:0494-23-2050広...

秩父札所の中で屈指の仁王門で、「大わらじ」がかけられています。仁王門をくぐると寺内に1319体の石仏が並んでいます。この石仏の寄進者の中には、江戸、武州ばかりでなく、遠く紀州、越前などの大名家に縁あるものも見られるといいます。有名な子育て観音像は、本堂の回廊右手には見ることができ、やさしい眼差しを投げかけています。御詠歌あらたかに 参りて拝む観世音 二世安楽と誰も祈らんご本尊・宗派十一面観世音菩薩...

『語歌堂』の由来昔、横瀬の里に本間孫八という、たいそう和歌が好きで信心深い長者が住んでいました。ある日、孫八の歌が上達するようにと御堂にこもってお祈りしておりますと、どこからともなく旅のお坊さんが現れました。二人は和歌の奥義についていろいろと夜を徹して話し合いました。夜が明けるとお坊さんは消えるようにいなくなり、その後そのお坊さんは聖徳太子の化身だとわかり、二人が和歌について話した御堂を「語歌堂」...

卜雲寺の寺名は、開基とされる嶋田与左衛門の法号『卜雲源心庵主』に由来しています。御詠歌初秋に 風吹きむすぶ荻の堂 宿かりの世に夢ぞさめけるはつあきご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗札所が開創される際、武甲山山頂の蔵王権現からこの荻野堂に移されたことから、卜雲寺の別名は『荻野堂』と称されています。住所・電話住所:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬1430電話:0494-24-6236広重二代・国貞初代「観音霊験記...

秩父札所最大の本堂であり、江戸時代の平賀源内の原図を元に設計されたといわれていますが、本堂の中に観音堂があるという珍しい構造になっています。牛伏堂と呼ばれる。御詠歌六道を かねてめぐりて拝むべし またのちの世を 聞くも牛伏りくどう                         うしぶしご本尊・宗派十一面観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬1508電話:0494-22-1921...

本堂前庭に樹齢600年といわれるコミネモミジがあります。幹囲り2.9m、樹高9mある大木で、新緑・紅葉の頃には大勢の参拝者が訪れるといいます。但し、この時期は納経しない人は、拝観料として200円が必要です。御詠歌ただ頼め 誠の時は西禅寺 来たり迎えん弥陀の三尊ご本尊・宗派十一面観世音菩薩  :臨済宗南禅寺派住所・電話住所:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬598電話:0494-23-3413広重二代・国貞初代...

本尊の如意輪観世音は恵心僧都の作と伝わっています。安産・子育ての観世音菩薩として知られ、縁日は女性の参詣者で賑わいます。縁日1月16日8月16日御詠歌巡り来て その名を聞けば明智寺 心の月はくもらざらんご本尊・宗派如意輪観世音菩薩・臨済宗南禅寺派住所・電話住所:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬2160電話:04794-24-3125広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(9) 明星山 明智寺・...

大慈寺は『安産子育ての観音菩薩』として有名で、毎年1月16日の縁日には各地より女性参拝者で賑わいます。観音堂は札所五番語歌堂と同時代に同じ形式で建立されましたが、明治16年に落雷で焼失して以来、仮堂のままとなっていましたが近年ようやく再建されています。御詠歌ひたすらに 頼みにかけよ大慈寺 六つの巷の苦にかわるべしご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬5151電話:0...

御詠歌罪とがも 消えよと祈る坂ごおり 朝日はささで夕日かがやくご本尊十一面観音菩薩 ・電話曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父市熊木43-28電話:0494-22-2190広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(11)坂氷 南石山 常楽寺・住持門海

野坂寺の山門は個性的な重層楼門造りで、桜並木の参道をぬけたところにあります。御詠歌老いの身に 苦しきものは野坂寺 いま思い知れ後の世の道ご本尊・宗派聖観世音菩薩・臨済宗南禅寺派住所・電話住所:埼玉県秩父市野坂町2-12-25電話:0494-22-1608広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(12)仏道山 野坂寺・甲斐の商人

秩父鉄道「御花畑駅」の程近くにあります。境内に秩父札所連合会の事務所があります。右下の「観音霊験記」は広重二代・国貞初代の手によるものを写しとったもので、秩父神社から程近くにあるちょうちん屋の女将・浅賀三千子さんが描いたものだといいます。34札所全てに納められていて、定位があるわけではないようです。探してみましょう。秩父13番札所 慈眼寺 山門本堂・観音堂 左手に納経所・秩父札所連合会事務所山門入...

今宮坊は、かつて修験道の本山として有名な京都の聖護院の直末寺であり、当時は長岳山正覚院金剛寺と称されました。また、現在の18番札所の神門寺と28番札所の橋立堂は、現在の今宮坊である金剛寺の末寺で、修験道の道場でした。その名残が、役小角大神のお社として残っているようです。また今宮坊には、観音堂の手前に秩父札所ではかつて唯一とされてきた輪廻塔があります。輪廻塔とは:石柱の中央にはめ込まれた輪廻車を回す...

札所遍路15番母巣山少林寺は、秩父神社から程近いところにあります。元はこの秩父神社の境内の母巣山蔵福寺が十五番札所でしたが、明治維新後に行われた『神仏分離』で蔵福寺は廃寺となり、現在の少林寺が札所を受け継いで今日に至っています。秩父34ヶ所札所中、唯一の土蔵造りの観音堂です。訪れた時には、庭師が入っていました。日頃からちゃんと手入れされているんですね。初めて訪れた時には駐車場がある裏口から入りまし...

秩父においては稀な真言密教の寺院です。見どころ: 本堂の欄間にある釈迦涅槃像目印・秩父中村郵便局西光寺山門手前の駐車場西光寺山門西光寺山門前の曼珠沙華弘法大師像と札堂西光寺境内 観世音菩薩像西光寺境内の酒樽西光寺本堂西光寺本堂と納経所西光寺境内にある酒樽の中の大黒天酒樽の中には大黒天が祀られている。大黒天といえば、そのルーツは、サンスクリット語でマハーカーラと呼ばれるインドの神様である。この音を漢...

秩父33ヶ所札所だったころの『長享番付』には、札所一番と記されているのが、現在の17番札所の定林寺です。地元秩父地方の人たちが巡礼するのに回る順序として一番適していたようです。その後の番付は秩父神社境内にあった1寺院の蔵元寺の廃寺に伴い、少林寺に引き継がれた以外は当時のまま引き継がれています。17番定林寺階段左手の地蔵17番定林寺階段定林寺鐘突堂地蔵尊高くなっている基礎鐘を突く17番定林寺正面への...

管理人が初めて秩父34ヶ所を巡った際に、一番札所の四萬部寺より先に立ち寄ったのが、18番札所の神門寺です。平成26年12月に初めてお参り出かけた際には、地元の人たちがお手伝いに出ていました。18番神門寺観音堂と右・不動明王18番神門寺観音堂正面神門寺観音堂右手にある案内板真ん中に白い聖観世音菩薩像?バランスの良い観音堂観音堂右奥にひっそり掲示木の奥に増上寺の灯篭神門寺・不動明王神門寺・蓮華堂正面入...

千手観世音菩薩は『厄除け観音』として知られています。特に、女性の厄年となる19歳、33歳の厄除け利益があるとされており、毎年1月18日の縁日が賑わうといいます。19番龍石寺観音堂19番龍石寺案内板昭和47年に解体復元された?復元について報告なく・・・残念三途婆堂(さんずばどう)三途婆堂には「三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だついば)の座像」が祀られており、『子育て婆さん』として子どもの病...

わたしが平成26年12月に訪れた際、不思議な気持ちになったのが、観音堂近くにある内田家が納経所になっていたことでした。岩之上堂への階段階段を降りると納経所岩上堂とある案外急な階段手入れが行き届いてるお札も多い観音霊験記岩之上堂摩尼車(まにぐるま)浅賀三千子さん寄贈正面からお堂に吸い込まれる回した分量の御真言を唱える岩之上堂右手の境内岩之上堂 旧案内板岩之上堂 新案内板こちらも手入れされている昭和3...

秩父市教育委員会の記した旧「史跡指定」に誤字(堂前←道前)を発見。下の説明書きの方が新しいようで、新旧2枚の案内板が各寺院に置かれているようです。新しい掲示板には六地蔵の写真が掲載されています。しかし、観音寺の従前の歴史とは関係なさそう。平成4年、地域有志によって設置された六地蔵の写真を加えただけで、内容に変更はなさそうです。21番札所観音寺21番札所観音寺正面21番札所観音寺案内板観光トイレ観光...

仁王門手前に掲げられたのが左の案内板、右にも同文が描かれていますが、何故か境内にある案内板の『山号』には西陽山とあり、華台山と異なります。ここでは華台山と記すことにします。華台山永福寺?西陽山永福寺?今回の歩き旅は16番札所西光寺から22番童子堂に向かいました。この日、どこまで歩くことができるかを考えたうえで、ルートを逆に辿ることにしました。童子仁王-阿(左側)童子堂仁王門童子仁王-吽(右側)永福...

平成26年に訪れた際には、敷地内門前の蕎麦屋で食事した記憶があります。23番札所の音楽寺は、寺名からヒット曲に恵まれるよう祈願に訪れる歌手もいるようです。秩父ミューズパークの脇にあり、明治17年の秩父事件の際に『合図』として利用された梵鐘はいまも健在です。秩父事件: 1884(明治17)年10月31日から11月9日にかけて、埼玉・群馬・長野などの民衆数千人が蜂起した事件で、背景には当時国が軍費確保...

かつては白山修行者の拠点だったといいます。御詠歌天照らす 神の母祖の色かえて なおもふりぬる雪の白山あまて      ははそ               しらやまご本尊・宗派聖観世音菩薩 宗派:臨済宗南禅寺派住所・電話住所:埼玉県秩父市別所1586電話:0494-23-0943広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(24)白山 光智山 法泉寺・戀ケ窪の遊女

御詠歌水上は いづくなるらん岩屋堂 朝日もくなく夕日かがやくみなかみご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父市久那2215電話:0494-23-7309広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(25)久那 岩谷山 久昌寺・奥野の鬼女

円融寺の本堂、納経所から岩井堂と呼ばれる観音堂に行くには、山伝いの道を歩いて、途中で昭和電工鰍フ工場敷地内を通ります。私が訪れた平成26年末だったせいか、人気のない中を琴平神社の石碑の脇を進んでいきました。すると三百余段の石段があらわれ、これを登らなけらばなりません。この石段には苔が張りついていたり、一部には壊れていたりするため足元には注意して下さい。御詠歌尋ねいり むすぶ清水の岩井堂 心の垢をす...

26番札所岩井堂から『琴平ハイキングコース』をたどって、護国観音を経由して27番札所へ下ると木立の中に美しい観音堂が見えてきます。かつては山の上にあったために汽車の煤煙によって大正8年(1919年)に火災が発生して焼失した為、本尊の聖観音像は本堂に仮安置されていました。平成8年(1996年)にようやく本堂裏手の一段高い所に再建されて『月影堂』と呼ばれています。御詠歌夏山や しげきが下の露までも 心...

左甚五郎作とある二頭の馬の木像が、本堂右手の「馬堂」と呼ばれる小堂に安置されています。これが縁となって、本堂にある馬が描かれた絵馬や境内の馬の銅像など、馬に関わるものが多いようです。御詠歌霧の海 たちかさるは雲の波 たぐいあらじとわたる橋立ご本尊・宗派馬頭観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父市上影森675電話:0494-24-5399広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(2...

29番札所は、文暦元年(1234年)性空上人ら十三権者が秩父巡礼をした際に、石札(せきさつ)を納めたことから石札堂と呼ばれるようになりました。石札には『石札定置巡礼』と彫られていて、本尊前に寺宝として祀られています。御詠歌わけのぼり 結ぶ笹の戸おし開き 仏を拝む身こそたのもしご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父市荒川上田野557電話:0494-54-1106広重二代・国貞初代...

昭和6年に第32番札所 法性寺から当時の住職が長享番付を発見していますが、ここ第30番札所 法雲寺に残る1536年(天文5年)の納札には「百観音巡礼」と彫られているといいますから、この間に現在の第2番札所 真福寺が加わっているといわれています。御詠歌一心に 南無観音ととなうれば 慈悲深谷の誓いたのもしご本尊如意輪観世音広重二代・国貞初代「観音霊験記 秩父巡礼」の目録から(30)深谷 瑞竜山 宝雲寺...

境内に磨崖仏と呼ばれる爪彫りの千躰仏があります。そこから奥の院へ向かう途中の岩窟にも石仏があり、約1万8千体の石仏があるといいます。秩父34ヶ所の札所では体力が必要とされる胎内くぐり、鎖場、展望台などがあります。御詠歌深山路を かきわけ尋ねゆきみれば 鷲のいわやにひびく滝つ瀬ご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹洞宗住所・電話住所:埼玉県秩父郡小鹿野町飯田観音2211電話:0494-75-3300広重二代・...

秩父札所の最も古い資料といわれるのが「長享番付」です。昭和6年に当時の法性寺住職が発見したもので、1488年(長享2年)の札所番付のことです。これによるとまだ札所は33か所であるうえ、現在の順位と異なるといいます。見どころ:長享番付の写しが法性寺に展示されていますので、是非ご覧下さい。項目名1般若山法性寺仁王門項目名3御詠歌願わくは 般若の舟にのりを得ん いかなる罪も浮かぶとぞ聞くご本尊・宗派聖観...

32番札所から道を進んでくると、辿り着くのがこの看板。よくわかります。歩きですから、当然駐車場は使いません。寺の庭に「菊水の井」という名井があったことから『菊水寺』と名付けられたといいます。菊水寺駐車場菊水寺境内:菊水の井菊水寺観音堂菊水寺の桜の木のアーチ観音堂前の聖観音像残念ながら、お堂の中は撮影禁止でしたwww御詠歌春や夏 冬もさかりの菊水寺 秋のながめにおくる年月ご本尊・宗派聖観世音菩薩・曹...

水潜寺は日本百観音結願寺で、33番札所からは札立峠ハイキングコースを使います。途中で札立峠を目指すと、目的地から外れるので時間配分に留意が必要。寄り道なく結願寺を目指すと徒歩約で概ね3時間(距離は8.9km)を要します。ハイキングコースからは、観音堂を正面に見た右脇にたどり着きます。観音堂前に百観音宝前のお砂を納めた「お砂踏み」があります。この砂の上で拝むと『百観音巡礼の功徳』が得られると信じられ...

秩父に行った時には、是非、時間をつくって寄りたいところをご紹介します。ご本尊は、普段秘仏として厨子の扉を閉ています。秩父34札所では12年に一度の午歳に当たる年に「総開帳」を行っています。これに合わせてお出かけ頂き、観音様の御慈悲に触れることをお勧めします。元禄時代より江戸へ『出開帳』をしたといいます。これが秩父観音霊場を全国に広める機会となったようです。なお、秩父34ヶ所の各寺院の見どころなどに...

長享年間に発行された、いわゆる「長享番付」で秩父札所は33ヶ所ですが、50年後の記録では34ヶ所に増えており、この間に移動があったことが伺えます。その後、明治維新で「神仏分離」が図られた際、秩父神社境内にあった為に15番札所の蔵福寺が廃寺となり、近隣にある少林寺が15番hじゅだ所を受け継ぎ、今日に至っています。長享番付&現在の番付長享年間後に長享の番付現行の番付札所番号 寺号通称名寺号通称...

首都圏から秩父に出かけることを想定して、主要な経路を記しました。はじめて秩父に出かける人は、「西武秩父駅」と秩父鉄道「御花畑駅」の感覚が分からないかもしれませんが、時間にして数分、距離にして数百メートル歩き、秩父鉄道の踏切を渡ります。池袋駅からお出かけの場合西武鉄道「特急レッドアロー」で「西武秩父駅」まで1時間20分、徒歩で秩父鉄道「御花畑駅」へ乗り換え、目的駅へ八王子駅からお出かけの場合JR八高...

秩父神社の本殿には「知知夫神社」と掲げられています。有名なのは12月に行われる『夜祭』ですが、日頃もそれなりの賑わいを見せています。このお祭りは、ご祭神である妙見様にちなんだ祭礼で、かつては旧暦11月3日に行われていたといいます。明治の改暦後、12月3日に行われるようになり、現在も同様に執り行われています。秩父神社の境内秩父神社は左甚五郎の手になる彫刻も有名。秩父神社の手水舎と参道秩父神社の銀杏の...

歩く旅を心掛けるようになると、骨休みもかねて美味しい名物や食事も気になります。ところが、四国遍路ではお寺の間が遠くて、しかも休憩するお店もないことが多いものです。これも修行のうちと割り切ればいいものですが、首都圏に近い秩父で少々味気ないものです。そこで、食事についても記しておくことにしました。但し、ここが歩き旅の悲しいところで、時間に合わせてお昼時間になるとは限りません。体力と相談しながら、適宜食...

秩父札所巡りは西暦1000年以前からあったようですが、江戸時代になると秩父巡礼とがさかんに行われるようになりました。当然、歩くわけですから、それなりに元気なはずです。ただ、当時は感染症に対する科学が進んでいませんから、栄養の不足とともに、感染症による疫病が蔓延したりして、長生きの人はいる一方で平均寿命は短いものでした。それを何とかしたいという思いが、「巡礼」に結びついているのではないでしょうか。浅...

札所巡りといえば、札所での作法もさることながら、やはりまず御朱印を頂くことが頭に浮かびます。そこで管理人が平成26年に巡った当時の御朱印を掲載したいと思います。御朱印の値段と呼び方御朱印を頂く際に支払う代金は、わたしの経験では200円、300円、500円のようですが、中には800円、1000円というところもあるようです。さらには「お気持ちで…」とおっしゃることころもあります。神社では初穂料(はつほ...

秩父札所巡りは西暦1000年以前からあったようですが、江戸時代になると秩父巡礼とがさかんに行われるようになりました。現代でも野面を横切ったり、谷を渡るなどすると、日々の生活からかけ離れた気分を味わうことができます。その為には歩くこと、即ちウォーキングです。正暦5年(994)3月18日説新編武蔵風土記稿の秩父郡之八の栃谷村の記述文暦元年(1234)3月18日説新編武蔵風土記稿の秩父郡之一の総説の記述...

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