四国遍路とは

遍路(へんろ)とは「四国88ケ所」霊場参拝を指します。一方、観音霊場などを巡ることを「巡礼」といいます。遍路の文字は中世末から江戸時代初めに用いられ始めたといい、それ以前は「辺路」と書かれていたよいうです。読み方も、現在のように「へんろ」というのではなく『今昔(こんじゃく)物語集』(12世紀前半)や『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』(12世紀後半)では「へじ」と読まれたそうです。ここから、「辺路(へじ)」が転じて、「遍路」となったと考えられています。

四国遍路・四国八十八ヶ所巡礼のおすすめ

四国遍路は総行程1,400Km程あり、昔は「世捨ての旅」ともいわれた四国八十八ヶ所巡りですが、最近は中高年の方々は信仰心の為だけではなく、健康のため、ストレス解消、これからの生き方を考える機会と捉えるなど、人生に新たな潤いや癒しを求めて巡礼に奮起される方が増えています。

 

わたしが初めて歩き遍路に出た時にも、二十代と思しき方々にあちこちで出会いました。

四つの道場

わたしが歩いたのは四国八十八ヶ所開創1200年といわれる前年でした。そもそもは、弘法大師が42歳の時、人々への災難を取り除くために開いたのが四国霊場だといわれ、後に高弟が遍歴したのが四国遍路の始まりと伝えられています。

 

人間には88の煩悩があるといわれ、霊場を八十八ヶ所巡ることによってその煩悩が消えた時、願いが叶うといわれています。

  • 発心の道場(1〜23番)阿波で脚を固める
  • 修行の道場(24〜39番)土佐で心落ち着ける
  • 菩提の道場(40〜65番)伊予で信に入る
  • 涅槃の道場(66〜88番)讃岐で諸願成就する

最後に、高野山奥の院に参拝して『大願成就』するといわれています。

挨拶をする良き習慣

四国には光に満ちた大自然の中、お大師様と同業二人で心と身と体をみがき、煩悩をひとつひとつ取り除いていくというイメージを持ちながら歩くとよいでしょう。

 

都会ではすれ違ってもものをいうことがスッカリなくなりました。むしろ、小学校でさえ、「見知らぬ人に声を掛けられても知らないかををしていなさい」とさえ学校の指導されることもあるといいます。

 

そんな薄情で非常識なことを忘れさせてくれるのが四国八十八ヶ所霊場の旅です。小中学生は通学途中で出会うと巡礼者と殆どが挨拶を交わします。中には、という慣習が今も残っていてわたしも何度も呼び止められ喜捨を頂きました。

 

こうした人々の厚い心遣いに感謝し、新たに生きる喜びを見出すことにもつながる、自分探しの旅に出ては如何でしょう。

四国八十八箇所と別格二十霊場記事一覧

トップへ戻る